小さい時は怖いものが多かった。天井板のふしを見ていると人の顔に見えて怖かったり、庭の木の葉の隙間も人の顔に見えて葉がゆれるとにやりと笑いかけてくるようで怖かったりした。もちろんお化けも幽霊も怖かった。新婚時代に住んでいた小さな借家のそばに昔お墓だった場所があって、夫は数回人魂(まるいものが燃えて空中にあがっていくらしい)を見たと言っていたけど、幸い私は一度も見ずに済んだ。長い間怖いものが多かったのに、そんな体験はせずに済んだことを、ラッキーだと思う。ある年齢になって一番怖いものは生きている人間だと思うようになった。今も夜になると何度も鍵がかかっているかチェックする。泥棒が怖い。
それにしても先日の小学生連れ去りは恐ろしい事件だった。小学生はどんなに怖かっただろうと思う。犯人が自称イラストレーターと報道されたけど、イヤーな気持ち。私新聞を購読するのをやめたので、事件やニュースはTVだけで知る。だからというわけではないけど新しいTVを買った。ほぼニュースしか見ないから古くても画面が小さくても構わなかったんだけど。新しい今までより大きい画面のTVにしたから、ニュース以外のも楽しもうとしたのに、どのチャンネルも面白いのをやっていない。近頃の番組つまらないね。新しいTVにしなくてもよかったのかもしれないと今日も思う。
母は早くから耳が聞こえにくかった。「えー?」と聞き直されるたびにいやだなあ、と思っていた。ここ数年前から私も聞こえが悪くなり、「え?」「なに?」とよく聞き返すようになった。たまたま1年半前から服用していた薬が耳にも副作用すると聞いて、定期的に診察を受けていた。で、この薬が終了したら少しは聞きやすくなるんだろうとも思っていた。この薬は実は半年前に終了。副作用は数か月後に出てくることも多いと言われて、この前まで検査を受けていた。でも薬が原因で耳が悪くなっても薬をやめて治るものじゃないらしい。ただ耳が極端に悪くなったら、薬を換える診断になるようだった。ひとまず年相応の範囲の難聴(かなり悪いんだけど)ということで、耳鼻科診察は終了した。今私が「え?」「なに?」って聞き返している状態は治療ができないものらしい。この状態はこれからももっと進むと考えられる。母のようにやがて補聴器の厄介になるんだろう。しみじみ寂しい。
世田谷の家の鍵を京都のマンションの部屋に置いてきてしまう。気がついたのが用賀の駅のホームから改札口に上がる階段の途中だった。あとタクシーに乗って5分ぐらいで家に着くというところでだった。それにしてもなんでそんな中途半端なところで、鍵を持っていないことに気付いたのだろう? 京都の家を出て何度もバッグに手を突っ込んで、財布やらカードやら眼鏡を出したりしまったりしていた。そのたびにいつもの鍵の気配がバッグにないことを感じていたんだろうか。夜のもう11時だった。息子がスペアの鍵を持っているので、電話をする。事情をいって鍵を取りに行くといったら、ものすごーく不機嫌。でも11時であろうとなかろうと、不機嫌であろうとなかろうと、息子しか鍵を持っていないのだから借りるより方法がない。タクシーに乗って息子のマンションに向かう。鍵を受け取って、待たせていたタクシーに乗って家に帰る。無事家に入れてよかった。そういえば京都の部屋の鍵をする時、バッグのベルトに括り付けていた部屋の鍵を見ながら、この鍵でよかった? と思ったのに。多分これは物忘れというか老人になった所為だと思う。慎重派の私はほぼこういう失敗はしたことがなかったからね。
京都のマンションに革張りのソファがある。アルフレックスのベンゴディというソファで、かれこれ35年ぐらい前に代官山の仕事場用に買ったもので、その仕事場をやめた時自宅の仕事場に移し、2年前に京都のマンションの部屋で使うことにした。2度ぐらいアルフレックスでメンテナンスを受けているので、今もコンディションは良い。それに年月を経て革が良い具合にくたびれてきていて、それがいい感じになっていると思っている。でもまあ人によってはくたびれ加減の好き嫌いはあると思うけど。マンションの部屋にぴったり収まっていて馴染んでいすぎるからか、来訪者の話題にあがったことがなかった(自分から説明したことはあったと思う)。それがつい数日前に、「あの感じいいソファは?」と聞かれた。なぜかものすごーくうれしくて一生懸命説明をした。こんなにこのソファの説明を人にしたことがあったかなあ? と説明をしている頭のすみで思っていたぐらいに。
洋服も好きだけど家具も好き。洋服は流行もあるし、くたびれたのを気分よく着続けるのはなかなかむつかしいけど、家具は良いものを買っておくと、使い続けることで、よりいい感じに育つような気がする。さっき世田谷の化粧直しをした家の中の家具を改めて眺め直した。うんうんよく育っていると思った。
「住む。」No.51(2014年11月 株式会社泰文館発行)
P12-13《新 暮らしの絵日記 第27回 大橋歩》より抜粋