特集 元気がでる靴下 イオショップ&ギャラリー
第2話 「アンティパスト」の挑戦
  • 「アンティパスト」のデザイナー、ジヌシジュンコさん(左)とカトウキョウコさん。おふたりは高校の同級生。入試の日に同じ紺色の靴をはいていたのをきっかけに親しくなったそう。別々にフリーのデザイナーとして働いていましたが、一緒の仕事をする機会がかさなって会社を作ることに。「違うところもあるけれど、好きなものが似ているので何か決める時は早かったんです」(カトウさん)。今日の服もカトウさんのトップスとジヌシさんのパンツが同じ生地!「しょっちゅうなんです。けんかもしょっちゅう」(ジヌシさん)。
  • 「アンティパスト」のオフィスにある飾り棚には、会社名「COUP DE CHAMPIGNON(クープ・ドゥ・シャンピニオン)」にちなんだきのこのオブジェがいろいろ。
  • 「ANTIPAST」にはふたつの意味が込められています。ひとつは自分たちのつくる靴下が、洋服をより素敵に着こなし、おしゃれの楽しみを刺激する前菜のような存在でありたいという思い。もうひとつはアンチ-past。過去ではなく未来に向かってのものづくりをめざすという決心。
  • 2011年に金沢21世紀美術館で開催された“作る力”展で展示したパネル。靴下の図案(2006年発表の「チロリアン」)とそれをもとに編んだ靴下。当時は一足ずつ方眼紙に描いていたそう。
  • 幾何学模様の編み地のデッサンや、木を描くときに参考にした切り抜きファイルなど。
  • 1995年秋冬シーズンに発表した靴下「タイル」。好評で、はじめて工場でまとまった生産がかかった記念すべき一足。うれしくてパネルにしてあります。今でもはきたい、と思わせます。
繊細な編みこみ文字に感動
 「アンティパスト」の靴下が生まれたのは今から20数年前のこと。あるファッションメーカーでレディースの靴下のデザインを担当していたジヌシジュンコさんが、隣の席のデザイナーがやっていたメンズの靴下の柄に感激したのがきっかけでした。
 「ほんとうに小さな一目で鳥とか文字を描いていたんです。紳士物なのでワンポイントなのですが、編みこみの文字や柄の繊細さに驚いて。このゲージ(編み目)の機械を使えばきれいな柄が描けると思いました」。
 当時ハイゲージ(細かな編み目)のレディースの柄ものはつくられておらず、ジヌシさんの発案はヒット。企画が大きくなってきた段階で同じくデザイナーをしていたカトウキョウコさんも参加。しばらくしてふたりは独立、1991年に会社を立ち上げます。
 「それまでふたりともずっとフリーランスで主にテキスタイルデザインをやっていました。でも、だんだん自分たちのつくりたいものがつくれなくなってきた状況がありましたし、ものづくりの全体に関わりたいという気持ちもわいてきました。服づくりにくらべると、靴下はいろんなことが関わるにしても、デザインと仕上がりがダイレクトに結びつく。そこがおもしろかったですね。それで、やってみる? と始めたんです」とカトウさん。
  • ふたりともトラッドが好きで、チェックや縞はシーズンごとにニュアンスを変えて必ずつくっています。ハチやクローバーなどをあしらったものも。
  • 1998年春夏に発表した「シースルーアーガイル」。トラッドな柄とシースルーのコンビネーションが人気で、柄ではじめて定番化された靴下。ディテールや色をアレンジしてなんどかリバイバル登場。
  • 2013年秋冬物のテキスタイル見本帳から。「LET'S SKI」。雪山をスキーヤーが滑降している図案です。ここ数年自然を意識したテーマを発表。右は「RUN THE FIELD」。野原をウマやシカ、キツネなどが走り回っています。
  • 「アンテナはいつも張っているけれど、アイディアを出すために何かすることはありません。美術展や映画も気になったら見に行く、という感じですね。ただ、いいなと持ったものはそれがなぜなのか徹底的につき詰めてことばにしていく作業、確認し伝える作業はします」とカトウさん。「そうすることでテーマがはっきりしてきます」とジヌシさんも。
紳士物の靴下工場
 当時から今に至るまで「アンティパスト」のハイゲージの靴下をつくっているのは同じ工場。
 「百貨店向けの紳士物のビジネスソックスの工場で、編み機にはいくらでも柄を編む機能がある。でもフルに使ってはいませんでした。私たちが柄ものをつくりたいと相談したとき社長さんは最初『できるかな』と思ったそうです」(カトウさん)。
 靴下、特に紳士物でははき心地や丈夫さが求められ、その点では糸つなぎがない無地がいちばんです。
 「社長は実用性と柄の兼ね合いのむつかしさがわかっている。でもそれをあえてやろうという発想が素晴らしいと言ってくれて。課題は他にもたくさんありました。同じ物を何千何百と生産する紳士物と、流行も色あいも多様な女性物とではロット(製造時の最小単位)がぜんぜん違う。用意のある糸の色数も少ない。手間も時間もかかるので高くつく…。でも最終的につくってくれました」(カトウさん)。
 「荒れたものづくりがきらいで、研究熱心な社長さんなんです。今も100%コットン素材で伸縮を出す方法とか、夏に涼しいウールとか、新しいことを次々に見せてくれます」とジヌシさん。
 繊細な色合わせで編まれた縞、チェック、動物、植物。どうしても柄に注目が集中しがちな「アンティパスト」の靴下ですが、第1話で横尾さんがおっしゃっていたようにはき心地もいい。それには裏付けがありました。
  • 4月に行われた2013年秋冬の展示会場のワンコーナーです。靴下からはじまったブランドですが、その数年後から服づくりも。
  • 靴下のコーナーです。手前にある畳まれた靴下の花柄に注目して下さい!
  • カーディガンの前身頃は、左の靴下と同じ編み地です。靴下の機械で筒状に編んだものを開いて生地のように使っているのです。
  • マフラーです。左の緑の柄は、「RUN THE FIELD」の見本帳のグリーンと同じ。靴下の編み地ならではの、細い糸を使った繊細な柄が魅力。
  • 「アンティパスト」の無地の靴下です。ワンポイントを編み込んだり、縁取りをしたり、長さに特徴をだしたり。どれもかかとが深くあんである。しっかりした形です。
  • これはニューヨークにある「バーニーズニューヨーク」の特注品。毎シーズン色をかえての無地のオーダーが入るそう。これは三つ折りで、つま先にバラの刺しゅうがあしらわれています。
はじめての展示会はパリで
 とはいえ最初から順調に滑り出したわけではありません。デザイナー経験しかないのでつくっても見てもらったり売る方法がわからない。がんばろうといってもどうしよう? そんなときヨーロッパ在住の知人からの情報がきっかけで、パリで開催される合同展示会に参加することに。
 「当時日本では合同展はありませんでしたし、不特定の人に見てもらうならパリでも日本でも同じと思いました。でも海外でやるのだからと、へんに日本をしょってもいて、でんでん太鼓や絞り柄の靴下もつくっていました。自分たちもはかないのに。全然だめでした(笑)」とジヌシさん。
 バイヤーの目にとまりはじめたのは自分たちがつくりたいのはファッションのひとつとしての靴下、着たい服にあわせられる靴下と、方向性がはっきりしてからだと言います。最初の何年かは他の仕事もしながら資金が底をつくまでになんとかと思いながらやっていたそう。
 「そういう時代だった気がするし、今よりのんびりしていたかな。そうするうちに少しずつ取引してくれるところが増えて、ぎりぎり間に合ったというかんじですね」とジヌシさん。
 これまでにないものをつくり、最初は提案型から始まった柄ものの靴下。でも最近は「お客様がいろいろにコーディネートに生かしてくださって、こういう組み合わせも素敵だなと思わせられることも多いんです」(カトウさん)。
  • 上等のシャツなどに使われるブロード用の糸を使って織られています。2本を撚りあわせて110番手になる110-2(ひゃくとうそう)という糸です。極細なのに撚ることができるのは丈夫な長い繊維だから。自然の光沢があります。
  • 靴下は表と裏、2本の糸で編んでいきます。同じ染料でも、糸のよしあしで発色が違ってきます。裏糸は伸縮のためにナイロンを使っていますが、表の色に影響してきます。それもこれまでの経験で細かな配慮をして選んでいます。
  • かかと部分を90度になるように深く編むことで、足にぴたっとなじみ、ずれてきません。このつくりにするには糸も時間も必要。価格に反映してしまいますが、それがはき心地のよさにつながります。
  • つま先は甲の上の部分でつなげています。この部分、今ではほとんどミシンで縫合しますが、「アンティパスト」では、リンキングという機械を使い、一目ずつ拾って編んでいます。縫い目がないのでごろごろせず、靴にあたって痛くなることがありません。上は春夏もの。下はウールの秋冬物。
  • かかとから足の入れ口までの長さは少し長めの24㎝。ショートブーツをはいた時は少し靴下が出るよう、パンツの時は足を組んだりしてもみばえがいいよう、自分たちが実際はいて、いいなと思った長さにしてあります。秋冬ものは26㎝。
よさを伝え続ける
 柄ものからスタートしたふたりが今力を入れているのが無地の靴下づくりです。
 「私たちも無地は好きでよくはくし、年齢とともにはき心地のいい靴下をはきたいという思いも強くなってきました。それでシンプルで上質な靴下を定番化したいと、6、7年前に新たなブランドを立ち上げて取り組んできました。工場にはき心地のいい靴下をつくってきた技術の蓄積があります。でもなかなか買っていただくに至らなくて」(ジヌシさん)
 「アンティパスト」というと柄を求められるし、無地は低価格のものがいくらでもある。でも、ここでもふたりはあきらめません。展示会などで、自分たちのつくっている靴下のよさについて伝えることを続けてきました。日本の靴下産業の技術を生かしてちゃんとつくっているということ。とにかく一度はいて欲しい、と。
 「ようやく最近リピーターになってはいていただけるようになりました。大橋さんからa.の靴下のお話をいただいたときは私たちもある程度実績のある靴下をお出しできるな、という時期だったんです」(カトウさん)。
 ここではおふたりに伺ったはき心地のよさの理由をa.の春夏用靴下を例にご紹介します。
 
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