特集 「コミュニケ」の靴
第2話 浅草に靴職人さんを訪ねて
  • 吉見鉄平さん(左)と嶋村丈二さん。吉見さんは工房のあるビルの1階を、職人仲間たちとつくった靴のショップにしようと計画中。
  • ファッションブランドのオリジナルシューズなども手がける吉見さんのもとには、現在パタンナーをめざす男性が弟子入り中。
  • ストラップと紐靴。嶋村さんのデザイン画です。これをもとに吉見さんがパターンをおこします。
  • 6Bの鉛筆で直接描き、嶋村さんのデザインを木型にのせていきます。このときの線が型紙に反映される。センスも大事です。
  • 線を描いた上からデザインテープ(幅広のマスキングテープ状のもの)を貼ります。
  • デザインテープを全体に貼った状態です。カーブにそってていねいに。
  • こんどはテープをはがして行きます。まずは甲の中心線に切り込みを入れ、半面ずつそっと。テープの接着面には鉛筆で描いた線がうっすら残っています。
  • 線が残った半面を台紙に貼り、これが型紙のもとになります。服の立体裁断に似ています。足の木型がトルソーの代わり。
東京で靴をつくり続ける
 はき心地がよく、どんなおしゃれもきちんとみせてくれる「コミュニケ」の靴。それが靴職人さんたちの力によるところが大きいと聞き、その現場を訪ねてみたくなりました。今日はその日。デザイナーの嶋村さんとは浅草駅で待ち合わせです。
 東京の下町浅草は明治時代から靴づくり産業が受け継がれてきた町。今も材料屋さん、職人さん、製靴工場、問屋さんが集中していますが、中国など外国での生産が主流となり高齢化も進んでいます。でも長くこの町に通う中で、嶋村さんは技を磨き熱心にものづくりを続けている職人さんたちと知り合いになり、今いっしょに靴づくりをしています。嶋村さんが「コミニュケ」のタグに「Made in Tokyo」と記した背景にはそんな理由がありました。
古いビルの1室を工房に
 最初に訪ねたのは古いビルの2階にある「443(よしみ)パターンメーキング」。道路側の窓に日避けの布を一枚ぺらりとかけ、先輩から譲り受けたという作業台で仕事をしているのは靴のパターンを手がける吉見鉄平さんです。吉見さんは専門学校で靴づくりを学び、製靴会社に勤務した後に独立。数少ないフリーランスのパタンナーの一人で、ラフなスケッチでも嶋村さんのつくりたい靴を新しい感覚で理解してくれる、と言います。
 「パターンは靴の設計図みたいなものです。靴をパーツにわけて型紙をつくるのですが、2Dのデザイン画や革から、3Dの靴をつくるわけで、パーツをどこで切り分けるか、どこにどんなふうにマチを入れるかなど技術が要るんですね」。と吉見さん。デザイナーのイメージにできるだけ近づけるのも大事だけれど,靴づくりの現場の作業ができるだけスムーズにいくパターンづくりを心がけていると言います。靴づくりには300とも400とも言われるじつにたくさんの工程があり、分業化が進んでいる。自分だけで完結する仕事ではないからです。
むつかしいけれどおもしろい仕事
 ふたりは「KISSA」時代からの知り合い。吉見さんは高田喜佐さんの最後の靴のパターンを担当、喜佐さんが病気でブランドを休むとなったとき直接『これからは嶋村さんが靴づくりをすると思うから、よろしくね』と言われたと言います。「僕『約束します』って返事したんです。それが大きいですね。でも、嶋村さんはおもしろい仕事をもってくるというのはわかっていましたから」と吉見さん。“足なり”の木型の靴の設計はむつかしいし、いつも主に受けているのはメンズのパターン。「でもこれはこだわりのあるいい靴ですから」。そんな吉見さんの話を横で嶋村さんが穏やかな表情で聞いています。
 「どんどんシンプルな靴つくりに向かっている」「なで肩の靴が好き」「靴づくりはチームプレー」…。親子ほどに歳が離れているふたりですが、好きな靴の雰囲気や仕事への敬意など共通しているところもたくさんあるようです。
  • 橋本さんの仕事場。手前はお弟子さんの作業台。「靴をめざしている子たちの場になってあげたいと思って」。
  • 橋本公宏さん(右)。祖父、叔父も靴職人の仕事をしていたそうですが、トータルでこなすのは公宏さんが「3代目にしてようやく」。
  • 製甲のようすものぞかせてもらいました。まずは革の裁断。吉見さんがつくった紐靴の型紙を革にのせて行きます。
  • 製甲を担当しているのは樋之本東暁(ひのもととあき)さん。革の裁断から縫製仕上げまで、ていねいな仕事をしています。
  • 革の状態を確認し、むだのでないよう型紙を置いていきます。これは羽根の部分。かかとの片方が出っ張っているのは「ドックテイル(尻尾)」というデザイン。
  • カッターナイフで革を裁断して行きます。この後重なる部分の革を薄くすいたり、織り込んだり。縫う前の工程もたくさん。
  • これから靴を「吊りこみ」ます。手前から製甲(アッパー)、補強のための芯地。中底そして木型。アッパーは少しだけ靴のかたちをしています。
  • 靴の「吊りこみ」に使う橋本さんの道具。手前のふたつが革をぎゅっと吊りこむ「ワニ」。丸いくぼみがある板は「穴ぼこ」。
  • まず木型に中底を打ち付けます。白い縁はリブ。吊りこんだアッパーと最終的に縫い合わせ、本底をつけます。
  • 木型にアッパーをかぶせ、まずは内側のライナーからぐいっと吊りこんで木型にあわせて行きます。
  • 「穴ぼこ」と「ぽんぽん」と呼ばれる金づちを使い、踵の芯にする革に丸みをつけているところです。
  • ライナーの吊りこみが完成したら、芯を貼ります。
  • 今度は外革の吊りこみです。「ワニ」で革をはさんで、ひと釘ずつ塩梅をみながらていねいに。「うまくなるには数をこなすこと」と橋本さん。
  • アッパーがきれいな曲線を描き、木型にそって変身しました。橋本さんのこだわりはかかとの丸み。「特に女の人の靴は柔らかく仕上げてあげたいですね」
「九分」の職人さん
  次に向かったのは橋本公宏(きみひろ)さんの仕事場です。橋本さんは「九分」の職人として靴の世界では有名な人。「九分」とは、靴づくりの9割を手でおこなうという意味。すべての工程をひとりでまかなえる技術をもっている数少ない職人さんです。なので取材に伺う私たちは緊張気味。数ヶ月前に引っ越したばかりという仕事場の奥にいた橋本さんは、そりの入ったヘアスタイル、がっちりした体型を包む黒いTシャツ。こわい? でも違いました。「何でも聞いてくださいね」。写真を撮影するので手をとめてもらうときも「かまいませんよ」。気がつかないうちに若い人が缶コーヒーを買いに行ってくれていました。
手で吊りこむ
 「コミュニケ」の靴は吉見さんがパターンをひいた後は、橋本さんのところで仕上げまでやっています。「腕のいい橋本さんに全体をみてもらえるのはとても心強い」と嶋村さん。
 この日は先日注文を受けた紐靴の「吊りこみ」と呼ばれる作業を見せてもらいました。橋本さんの作業台にあるのは型紙にあわせて革を裁断し、縫い合わせた製甲(アッパー)と補強のために外革と内張りの革(ライナー)のあいだにはさみこむ芯地、中底、そして木型。「吊りこみ」はまず木型に中底を打ち付け、アッパーを木型にかぶせ、靴のかたちにしていく作業で橋本さんはそれを手でやります。縫い合わされたアッパーはなんとなくは靴のかたちをしています。でもそれを木型に沿わせて「ワニ」でぐいっとひっぱり、木型に「吊りこんで」いくとまるで別物になるのでした。1本釘を打っては確かめ、打っては確かめ。特に気を使うのは、甲の部分が浮かないようすること。“足なり”の木型はやはりむつかしいと言います。かかとがきれいな丸みを帯びるようにするのも橋本さんのこだわりです。
靴が生き生きして見える
 30分ほどで片方が完成。靴がぴかぴか生き生きして見えてきました。靴は数日この状態にしておいて形が固定したら釘を抜き、中底とアッパーを専用のミシンで縫い合わせ、コルクをつめて本底をつけていきます。「コミュニケ」の靴は本底のつけ方にも大きな特徴がありますし、まだまだ工程は残っている。今回見せてもらったのは一部にすぎません。でも、吉見さんや橋本さんたち職人の手で、靴の命が始まるような、大げさかもしれませんがそんな感じがしました。
 たぶん今日見せてもらった靴は1月後には注文してくださった方のところに届きます。なんだかうらやましくなりました。

※「コミュニケ」の靴、次週第3話は実際に履いていらっしゃる方にお話を伺いました。お楽しみに!
 
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