「九分」の職人さん
次に向かったのは橋本公宏(きみひろ)さんの仕事場です。橋本さんは「九分」の職人として靴の世界では有名な人。「九分」とは、靴づくりの9割を手でおこなうという意味。すべての工程をひとりでまかなえる技術をもっている数少ない職人さんです。なので取材に伺う私たちは緊張気味。数ヶ月前に引っ越したばかりという仕事場の奥にいた橋本さんは、そりの入ったヘアスタイル、がっちりした体型を包む黒いTシャツ。こわい? でも違いました。「何でも聞いてくださいね」。写真を撮影するので手をとめてもらうときも「かまいませんよ」。気がつかないうちに若い人が缶コーヒーを買いに行ってくれていました。
手で吊りこむ
「コミュニケ」の靴は吉見さんがパターンをひいた後は、橋本さんのところで仕上げまでやっています。「腕のいい橋本さんに全体をみてもらえるのはとても心強い」と嶋村さん。
この日は先日注文を受けた紐靴の「吊りこみ」と呼ばれる作業を見せてもらいました。橋本さんの作業台にあるのは型紙にあわせて革を裁断し、縫い合わせた製甲(アッパー)と補強のために外革と内張りの革(ライナー)のあいだにはさみこむ芯地、中底、そして木型。「吊りこみ」はまず木型に中底を打ち付け、アッパーを木型にかぶせ、靴のかたちにしていく作業で橋本さんはそれを手でやります。縫い合わされたアッパーはなんとなくは靴のかたちをしています。でもそれを木型に沿わせて「ワニ」でぐいっとひっぱり、木型に「吊りこんで」いくとまるで別物になるのでした。1本釘を打っては確かめ、打っては確かめ。特に気を使うのは、甲の部分が浮かないようすること。“足なり”の木型はやはりむつかしいと言います。かかとがきれいな丸みを帯びるようにするのも橋本さんのこだわりです。
靴が生き生きして見える
30分ほどで片方が完成。靴がぴかぴか生き生きして見えてきました。靴は数日この状態にしておいて形が固定したら釘を抜き、中底とアッパーを専用のミシンで縫い合わせ、コルクをつめて本底をつけていきます。「コミュニケ」の靴は本底のつけ方にも大きな特徴がありますし、まだまだ工程は残っている。今回見せてもらったのは一部にすぎません。でも、吉見さんや橋本さんたち職人の手で、靴の命が始まるような、大げさかもしれませんがそんな感じがしました。
たぶん今日見せてもらった靴は1月後には注文してくださった方のところに届きます。なんだかうらやましくなりました。
※「コミュニケ」の靴、次週第3話は実際に履いていらっしゃる方にお話を伺いました。お楽しみに!