特集 「entoan」の櫻井さんとつくった革のバッグ
第1話 櫻井さんなら安心
赤と黒の「革のトート1」。ちょっと縦長、ほぼま四角。片面1枚革で、ほとんど外側にミシンの縫い目がなく、マチもない、ごくごくすっきりしたデザイン。イタリアのタンナー(鞣/なめし)の革で、なかでも等級のいいものを選んで使っています。
縦38×横35.5㎝。各¥35,000+税
櫻井さんが紹介された『装苑』の記事。エスぺランサ靴学院の卒業制作の靴「きのみ」(上段)とともに、「entoan」のスリッポンやレースアップシューズが。大橋はこれを見て「探していたのはこの人!」と思ったそう。「a.の靴をつくってもらうならこの人、と。それはとても高くなるのであきらめましたが、バッグをおねがいすることができました」(大橋)。
  • イオギャラリー&ショップの入り口に立つ看板には赤いバッグが描かれています。この看板、a.の服づくりを始める前からあるもの。
  • こちらはある日のショーウインドー。帆布や麻、ドットやストライプの手さげが並んでいます。バッグつくり歴は長いのですが、革は今回がはじめてです。
きっかけは雑誌の記事
 一昨年のクリスマスにショップ限定発売を開始。静かに人気を呼んでいたのが、昨年糸井重里さんの「ほぼ日」とのコラボレーション「 hobonichi+a.」で紹介されるや大ブレイク。たくさんの方が入荷待ちをしてくださっているバッグがあります。
 a.オリジナルの「革トート」。色はベーシックな黒と元気な赤の2種類。ごくごくシンプルなデザインで、a.の服とおなじように、なんでもない、でも探すとなかなかないバッグです。原型は以前からあった「ペタンコ帆布バッグトート」。大橋はそれを革でつくりたい、とずっと考えていました。帆布もいいけれど、革のバッグには革ならではのよさがあります。使っていくことで育っていく。大人に似合う。でも革となると専門の知識や技術がいるので簡単にはいきません。それをかたちにしてくれたのが「entoan(エントアン)」の櫻井義浩さんでした。
 櫻井さんと大橋が出会ったのは、2011年1月号の雑誌『装苑』の記事がきっかけ。
「靴の工房を立ち上げてすぐに『ニューゼネレーション世代』という特集にとりあげていただいて、それを大橋さんがみて電話をくださったんです」と櫻井さん。
「最初電話で『雑誌で靴を使わせてもらうことはできますか?』とのことでした。僕は『もう少し詳しく話を聞いてみないとわからないですけれど、お名前を伺っていいですか』とたずねました。そしたら『大橋歩です』と。でもそのときはそこまでだったんです」。
  • 『大人のおしゃれ6』で紹介した櫻井さんのつくったレースアップブーツ。「ハードな靴ですが女性っぽい服にあわせて欲しい」という櫻井さんのコメントも紹介されています。
  • おなじく『大人のおしゃれ6』では、「entoan」のメンズシューズを新しく登場したメンズのA.にあわせて撮影しています。
去年4月にイオギャラリー&ショップで行われた「entoan」の展示会の様子です。スリッポンに赤も登場、人気でした。a.の「革のトート1」と同じ革でつくられています。
『アルネ』の人かな?
 大橋は『大人のおしゃれ』をつくり始め、a.をスタートさせてそれにあう靴を探していたのです。一方突然電話をもらった櫻井さんは「あの『アルネ』の人かな?」と思ったそう。
 「『アルネ』は本屋さんや、カフェで見たことがありましたが大橋さんのことは詳しくはわからない。最初の電話のあとしばらく連絡がなかったので『僕の話し方が悪かったのかな』と思ったりしていました」。
 でもその1週間後のこと。
 「僕が用事があってでかけたものの財布を忘れて一旦戻ってきたら工房の前でタクシーを拾おうと手をあげている女の人がいたんです。もしかして、あれ? 『大橋さんですか? 僕、櫻井ですけれど』と声をかけました。大橋さん、直接工房を訪ねくださって、僕がいなかったので帰るところだったんです。それから工房を案内させていただいて撮影用にスリッポンをお貸しして。それがきっかけとなって『大人のおしゃれ』に靴のことを書いてくださって。初めての展示会もイオグラフィックでやらせてもらいました」と櫻井さん。
 「革のバッグも偶然といえば偶然で。渋谷でやっていたグループ展の係の時間が空いたんですね。しばらく大橋さんに会ってないからと、イオグラフィックを訪ねたら『このバッグ(帆布のトート)を革でつくってくれるところはあるかしら』というお話をしてらして。それで『僕つくりましょうか』と申し出て、今に至るんです」。
 「財布を忘れていなかったら、こうはなっていなかったかも」と櫻井さんはいいますが、大橋には大丈夫、という確信があったようです。
 「アトリエを見せてもらって話をしたら、とてもいい青年で、若いのにつくる靴がちゃんとしていました。それに櫻井さんは靴の職人だけれど、革のものが好きで彼自身がおしゃれなので、いっしょにバッグをつくるのに、安心してまかせられると思いました」(大橋)。
  • 左が革のトートのモデルになった「帆布のトート」、右は革のトートの初期の試作品です。使用した革も決定前のもので、ちょっと表面が粗く、よく見ると持ち手のステッチのピッチも違います。
  • 櫻井さんと大橋、使用する革についての相談中です。「革はいいものにしたいと話しあい、僕が使ってみていいな、と思ったものを提案し、了解してもらいました。切りっぱなしでもぼさぼさしないし、使っていくうちに風合いが増していく革です」と櫻井さん。
  • 赤は洗い加工のタイプもあります。革は自然のものなので、上等のクラスのものでも、虫さされのあとや血筋が小さな傷のように残り、とくに赤はそれが目立ちます。なんとか革を有効に使えないかと洗い加工をしてみたのですが、それが好評で製品化することになったのです。いったん水洗いをして好みのかたちにして乾燥させオイルを補強して仕上げ。手間がかかっていますが、価格はいっしょです。「革のトート2」。
  • 櫻井さんがつくった、本体と持ち手の接続のサンプルです。
  • こちらは革違いで2タイプのサンプル。「柔らかくていいけれど、内側がぼさぼさして、入れたものにけばが着くのはだめとはずされたものもあります。とにかく使う側に立って考えることを学びました」。
  • 初期の段階ではポケットは革。持ち手と本体をつなぐステッチ部分のみでつながっていたため、ちょっとぶらぶら。これでは落ち着かない。最終的にポケットは使いやすい帆布に。なるべく外にミシン目は出さない方針でしたが持ち手の間のみミシンをかけることにしました。これならそんなに目立ちません。
作ってはだめだしの続いたサンプルと完成品をみて「なつかしいです」と櫻井さん。この日はデニムにチノパン。デニムが好きでとても詳しいらしい。作業中は、デッドストックのデニムのエプロン姿になりますがそれもずいぶん探したのだそう。
シンプルだけど手が込んでいる
 「これを革でつくりたい」と見せられた帆布のトートはシンプルなつくり。「靴作りの知識が生かせるのではないか」と引き受けたバッグ製作でしたが、始めてみたらそう簡単にはいかないことがわかりました。革の選定やかたち、パーツの仕様など、櫻井さんと大橋の試行錯誤が始まりました。
 最初から決めていたのは片面1枚の革にすること、なるべくすっきりさせること、持ち手と本体の接続部分に手縫いステッチを入れアクセントにすること、そしてポケットをつけること。しかし製作の過程ではそれらがことごとく難問になったのです。たとえば革。
 「このトートの大きさで、片面を継ぎ目なしの一枚の革にするというのはすごく贅沢というか、なかなかないと思います。上質の革を選んでも、革は自然のものだから血筋や虫さされなどがあるんですね。それを避けながら、かつ有効に大きなパーツを裁断するのはかなり気を使う作業で、人まかせにできません」。
 ポケットと持ち手と本体の接続もすんなりとはいきませんでした。
 「『なるべくすっきりそしてかわいく、使いやすく』と依頼され、構造をいろいろ考えてサンプルをつくって大橋さんのところにもっていきましたが、却下が多かったです。つくったけれど大橋さんに渡してないサンプルもあわせるとかなりの数に(笑)」
 最終的にこれで、と決まったポケットや持ち手のつながりは納得のいくものだけれど、実は手間のかかる構造。革の裁断と同様に気を使う作業がともなう仕様のものになりました。
 「シンプルだけど実はけっこう手が込んでいるんです」と櫻井さん。でも、こだわったすえにたどりついたディテールはすべてこのトートの魅力につながっているようです。


 特集の第2話では、「entoan」について、そして櫻井さんのものづくりへの気持ちをご紹介します。


 entoanの櫻井さんが、3月6日(水)から伊勢丹新宿店メンズ館で展示会をします。詳細はArne+をごらんください。
 
ページトップ